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幻日記

お絵描き&ゲーム制作好きの ひとりごと日記

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エンターテインメントと暴力

こないだ見た「バットマン ブレイブ&ボールド」で
激しい格闘でなく、ただの追いかけっこをしている
バットマンとジョーカーがテレビに写ってて
「昔はバットマンでも暴力の表現が規制されていたんだ」
ってバットマイトが解説してましたね。
あんな時代があっただなんてビックリしました。

そんな訳で今回「エンターテインメントと暴力」についてのお話。

個人的な意見が多いのと
話が堅苦しいうえに長いのでクリック表示にします。
興味のある方は左下のクリック表示からどうぞ






 最近ワリマルが読んでいる本の一つに「FBI心理分析官2」て本があります。
やや古い本。著者はロバート・K・レスラー。
この人の本はどれも興味深くて読んでて面白いです。
自分はしらなかったのですが、20年ほど前(ワリマルが生まれた頃)に
日本でこの人の本が大人気になって著者本人が
日本のワイドショーに出たこともあるそうです。


この本の内容は犯罪心理学やプロファイリングのお話。
その本の中でとても考えさせられる箇所がありました。

「映画、テレビ、ビデオゲーム、書籍、コミックなどで
暴力や対人攻撃を礼賛する文化がある。
エンタテインメント産業には、ヒーローやヒロインが難局に直面したとき、
それを解決するのに暴力と流血しかなく、
理不尽に相手の命を奪うのがいいことであるのように描く場合が多すぎる。
むかしは、そういうものはアメリカでしか生まれないクズとして
軽蔑されたものだが、近年では他の国が生み出して発表する
娯楽産品にも暴力の賛美がおもなテーマであるものが目立つようになった。」

と書かれている部分。
これは自分の中で何度も悩んでいる問題の一つです。
暴力の多い作品、実際には好きなんですが、
嫌いな人間の立場になりたく思います。

自分は暴力的なアニメ、漫画、ゲームを楽しんでいる人間ですが、
本当は良くないことなんだろなぁと思うことも多々あります。
何が良くないかというと現実の暴力と架空の世界の暴力を区別が難しくなること。
そもそもゲームや漫画って現実と架空の世界を区別しにくくなる(特にゲーム)。
例を挙げると人生の見え方、視野が狭くなることが挙げられると思います。
「一番にならなければ、評価されない」みたいなゲームにありがちな設定とか
「能力が劣っていることは悪い(弱い)」みたいなのもそうですよね。
「やってみなければ解らない」みたいな漫画の主人公が唱える無責任な考えや
「決められた線路(順序)にしか進めない」なんかもゲーム、漫画によくある設定。
人生が何なのかを知っている大人がゲーム、
漫画を楽しむのは問題無いと思えますが
人生が何なのかをイマイチわかってない子どもにとっては深刻な問題。
ゲームや漫画で育ってきた子ども達ってどこか考えが似ている気がします。
特に完璧主義な性格になりやすいと思うのは自分だけでしょうか。


けど記憶が正しければゲームはアナログ、デジタル両方とも
元は人を殺すためのシミュレーションが元だったと思います。
現在でも国によってはゲームをプレイすることで
生計を立ててる職があって
ゲームと軍隊が密接な関係を持っている所があります。
「暴力的なゲームはいけない」という考えについてですが、
元が元なので否定しずらいですよね。

自分が将来、クリエイターになるにしてもならないにしても
命を祖末に扱うような物語は作らないように心がけたいです。

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